大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(ツ)39号 判決

上告人

小川喜八郎

代理人

小池通雄

被上告人

渡辺チヨ

代理人

橋本和夫

主文

原判決を破毀する。

本件を東京地方裁判所に差戻す。

理由

上告人は、原判決を破毀しさらに相当の裁判を求めると申立て、上告の理由として別紙記載のように主張した。

上告理由第一点について

建物保護ニ関スル法律(以下建物保護法という。)第一条が、土地の賃借人が地上に登記した建物を所有することをもつて土地賃借の登記に代わる対抗事由としている所以は、当該土地の取引をする者は、地上建物の登記名義により、その名義人が地上に建物を所有し得る土地賃借権を有することを推知し得るからである(最高裁判所昭和四一年四月二七日判決の判決理由)。そうして、土地の取引をする者は現地を検分して建物の所在を知るのが通例であるから最高裁判所昭和四〇年三月一七日判決の判決理由、その者が建物登記簿を閲覧した場合、取引土地上の現存建物と同一と認められる建物の登記とその所有者の記載とを見出し得るならば、その者はその所有名義人が賃借権等土地の使用権を有することを推知し得る道理である。これを要約すれば、土地賃借権の対抗要件としての建物の登記は、土地の取引をする者に建物の所有名義人の存在とその氏名とを知らせるに足る記載があれば十分なのであつて、建物自体についての権利の対抗要件としての登記と同一である必要はないのである。このように考えるならば、土地賃借権の対抗要件としての建物の登記が、不動産登記法所定の所有権に関する登記でなければならぬ理由はなく、建物の表示の登記であつても所有者の氏名の登記のあるものであれば足るといわなければならない。

形式の面からみても、建物保護法第一条の表現は「登記シタル建物」とあつて、如何なる登記であることを要するかは規定されていない。もちろん建物の表示の登記の制度は、建物保護法制定の遙かのちに、家屋台帳制度に代わるものとして、不動産登記法を改正して採択されたものであるけれども、同法改正の際、あるいはその後において、建物保護法第一条の前記表現に関する手直しはない。したがつて、建物の表示の登記が所有権に関する登記とひとしく建物登記簿に記載される登記である以上、建物保護法第一条の「登記」に該当しないとはいえないのである。

また建物の表示の登記は、登記官の職権によつてされることもあるので、この場合の表示の登記にも対抗要件としての効力を認めるときは、土地賃借人はみずから権利保全の手続をとらないのに対抗要件を取得する結果となることを認めざるを得ないが、すでに登記がある以上は、第三者がこれを知り得る関係においては、その登記が当事者の申請に基くものか職権によるものかによつて差異はないわけであるから(大審院昭和一三年一〇月一日判決の判決理由)、右のような結果を招いても異とするに足りないし、この結果が土地賃借人の保護に傾きすぎると考える必要もない。

さらに、建物の表示の登記はすべての建物についてされることが制度の趣旨であるため、それが実行されたことを前提とし、かつこの登記が建物保護法第一条の登記に当ると解するときは、同条の保護をうけない土地賃借人は極めてまれとなり、借地人保護に厚い結果となることは否定できない。しかしこの結果は、借地人保護のための社会政策的規定といわれる同法の立法趣旨にかないこそすれ、これに反することにはならないと考える。

当裁判所は叔上のように判断するのであるが、翻えつて本件事案について考えると、本件において上告人の所有建物について、被上告人が土地所有者となる以前から建物の表示の登記がされていることは原審の確定した事実である(もつとも、登記簿上の建物の面積は実際の面積とかなり相違しており、また所在地の地番も相違していて、これら相違の原因は一件記録上では必ずしも明白とはいえない。)。しかも甲第三号証によれば、右表示の登記の所有者の欄に上告人の氏名が登記されていることが認められる。したがつて、もし上告人が被上告人の前主との間に適法に賃貸借契約を結んでいたとすれば、賃借権について建物保護法による対抗力を取得していることになり、被上告人の本件土地明渡請求認容の妨げとなることはいうまでもない。しかし、原審は右賃貸借契約の存否について事実を確定しないまま、建物の表示の登記は建物保護法所定の賃貸借の対抗要件とならないと解して、被上告人の請求を認容しているのであつて、その法令解釈はさきに判断したところに照らして誤りといわなければならず、その誤りが賃貸借の存否について審理を尽くさなかつた違法を招来していることは明らかである。

上告理由第一点は以上当裁判所の判断と同旨のものであるから理由があり、原判決は破毀を免れない。よつて上告理由第二第三点についての判断を省略し、原判決を破毀して、さらに審理を尽くさせるため本件を原審に差戻すこととし、主文のとおり判決する。(近藤完爾 田嶋重徳 吉江清景)

上告理由

一、原判決は、「不動産の表示の登記は、昭和三五年法律第一四号不動産登記法の一部を改正する等の法律によつて新らたに設けられた制度であつて、これは改正前の登記がもつぱら不動産に関する権利関係の公示を役割としたのに対し、権利の客体である不動産の現況を明らかにすることを目的とし、従来の台帳制度に代るものに外ならず、また建物保護ニ関スル法律第一条は例外的な規定であり従つて同条の登記の意味も厳格に解すべきであるから、立法論としてはともあれ、建物の表示の登記は右同条の登記に該らないといわざるを得ない。」と判示し、被控訴人(上告人)の抗弁を斥けた。しかし右判断は、次ぎの理由で建物保護ニ関スル法律第一条に違背し判決に影響を及ぼすことが明らかである。

すなわち、同法が制定された趣旨は、日露戦争以後の我が国経済の発展に伴い、都市への人口集中、新企業の増加という事態のなかで市街地の地価が急騰し、かくて地主は借地人に対して地代の値上げを要求し、それを達成する手段として借地権の大多数が登記を伴わない賃借権であるという法律的な弱点を狙つて土地を売買し、借地権の覆滅を計つたためである。従つて、その法意は飽くまで「借地人の権利保護」にある。同法律の原案となつた「工作物保護ニ関スル法律案」草案(明治四二年第二五議会提出)は、「地上権又ハ土地賃借権ニ因リ工作物ヲ有スル者ハ登記ナシト雖モ其ノ事実ヲ知リタル第三者ニ対抗スルコトヲ得」として、正面から借地権の対抗力をとり上げようとしたのである。しかし、第三者の主観的な善意、悪意という不明確な基準によらず、最終的には客観的画一的な登記の存在を以て要件としたのであつた。

表示の登記は、従前の台帳と同様に現存する建物は必ずのせるという建前で、権利者の申請のほかに職権による記載が認められているのに、権利の登記は従前と同様申請をまつてはじめて保存登記が可能である。

建物保護ニ関スル法律の趣旨は、登記簿を見れば建物が存在することが判明するという点にあり、しかも建物所有者の氏名が表示の登記に記載されているのであるから、土地所有者と氏名が異なれば一応借地権の存在を推測できるのである。不法占有者については、表示、権利何れの登記にあつても登記々載からは明らかにならないことについては全く同様である。

以上のような法の趣旨に照すとき、第一条を原判決が指摘するような硬直な態度で解釈すべきでないことは当然である。

原判決は、判決に明らかに影響を及ぼすべき同法第一条違背の違法があり破棄を免れない。

二、三、〈省略〉

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